美術館を初めて訪れたのが、2019年11月。建物調査を開始したのは、2021年の12月。設計業務に着手したのが、2023年7月。「まだ少し先の話」だったのは、いつ頃までであったか、いまや工事は待ったなしのところにまで迫っている。時間をかけて、足りない情報を少しずつ穴埋めしながら準備をしてきたが、一歩進むごとに新しい課題に出くわすおかげで、時間はいくらあってもありすぎるということがない。しかし、いよいよ被爆80年という特別な年の夏を過ぎれば、美術館は初の長期休館に入る。ここでは、まさに佳境にある改修設計の概要を紹介したい。
これまでにも繰り返してきた通り、丸木美術館は、丸木位里と丸木俊、ふたりの芸術家が生活と制作をともにするのと併せて、度々の増改築によって作品の展示方法も含めて変化と成長を遂げてきたという稀有な存在である。今から考えれば無茶にも見えるその連続した変化の痕跡は、建築だけでなく、いつの間にか館内に居着いてしまった品々にも見て取ることができる。今回予定する約34年振りの改修では、そうして美術館に人知れず息づいてきた「変化のかけら」に着目しながら、収蔵庫を移転し、美術館としての基本的な性能も向上し、「原爆の図」を展示して鑑賞する空間を新たにする。また、物理的/心理的な障壁を減らし、より多くの人が、作品に向かい合える環境をつくることも、重要な目的である。
[展示室の変化]
本館2階では、間仕切りをなくしてひとつの大きな展示室とし、基本は「原爆の図」10点が展示される。上部には天蓋を吊るし、柔らかい光のもとで作品を鑑賞する場所をつくる。「原爆の図」の4点は、現在の企画展示室(別館)に。同じく天井から吊るす天蓋は、作品を紫外線から保護する役目も担う。新館は、主に企画展の場所として、照明や展示方法などの自由度を高め、隣接するホワイエと連続した使い方ができる展示室とする。美術館の特徴である長い廊下は、壁の一部に設けるアルコーブには腰掛けも設置しながら、アートスペースにすることで、廊下−小高文庫−別館小展示室−新館と続く、より美術館全体に展開した展示も可能となる。標準的な展示構成は設定しながらも、状況に応じた作品の入れ替えもできるように設えを工夫し、それぞれ特徴の異なる展示室が作品と呼応するような空間を準備するつもりだ。
[機能面の変化]
受付は、エントランスを入った正面に移動する。館外から移設する収蔵庫と事務所機能(受付含む)を、管理運営の効率化のため、本館1階(1967年当初からの2つの現展示室)にコンパクトに集約するためである。収蔵庫と事務所の間には前室を設け、前室に入る通用口は、これまでなかった作品の搬出入口ともなる。かつて丸木夫妻がアトリエとして使ったスペース(別館2階)は「スタジオ」として、情報を発信する新たな役割を持った場所とする。美術館をつらぬく長い動線の先、新館テラスには外階段を設置して、新しく開かれたかたちをここで示す。一方で小高文庫2階は、畳を残して、どこか懐かしい木造建築の様子が残る休憩場所として、改修後も公開を予定する。正面にはエレベーターの設置を予定しているが、さまざまな条件をクリアする必要があり、まだ最終的な決定はできていない。
80年か、あるいは90年目か。いつかの時期に美術館がきっとまた新しい変化を迎えるために、いま必要な変化を遂げることが、次、その次の時代へと、「原爆の図」を送り届けることにつながるはずだと私たちは考えている。
齋賀英二郎+八木香奈弥

丸木美術館ニュース 第160号
発行日:2025年1月15日
編集・発行:公益財団法人原爆の図丸木美術館